オレンジのフラワーエッセンスは、数年後に私の元にやってきました。その頃、私はすでにブッダフィールドフラワーエッセンスを、OSHOメディテーションリゾートでの個人セッションや様々なヒーリンググループ(私自身のフラワーエッセンスヒーリンググループをはじめ、レイキ、プラナヒーリングなど)で使っていて、忙しくしていました。
禅弓道の日本人指導者によれば、フラワーエッセンスは男性の禅弓道トレーニングに「ハラの女性的な質」をもたらしたとのことでした。マルチダイメンショナルボディワークトレーニングでは、サトルボディーの各層の深い体験とヒーリングに役立ったということでした。
ブッダフィールドフラワーエッセンスが、集合的問題に対して見事な働きかけをすることもわかりました。チベタンヒーリングの女性グループでは、触媒として、女性性に関する問題を刺激し、より深い理解に導くのに役立ちましたし、他にも、セクシュアリティ、関係性、共依存、パワー、過去世など、他のたくさんの問題にも働きかけました。
このような時期に、私は、ビザを延長するためにインドを離れなくてはならなくなり、イスラエルに行って、両親を訪ねることにしました。
二週間以内に出発できるように準備していたところへ、幼なじみからの「呼び出し」(電話)がありました。私の両親の庭で、古いオレンジの樹が育っているというのです…。
それは私に、航空券を取り換えて、一週間早く、一人で来るように-ボーイフレンドには遅れて来てもらうように、というメッセージを伝えてきました!
メッセージはあまりにも明確だったので、従わざるを得ませんでした。私は一人きりでテルアビブ空港に降り立つと、タクシーでまっすぐ両親が住んでいる町へと向かいました。
到着してするなり、私はかばんを持ったまま、裏庭に歩いていきました。
子供時代と同じ庭はとても懐かしく、そこに私の古くからの友達であるオレンジが満開で立っていました!たくさんの白い花が樹を覆い、人を酔わせる香りがあたりを満たしていました…花々の間に隠れて、丸い黄金色の果実が見えています…なんという誘惑でしょう!
またメッセージがやってきて、出来るだけ急いでフラワーエッセンスを作りなさい、と言われました。まだちょっとふらふらしていましたが、翌朝私はフラワーエッセンスを作りました。花達は、樹にとても軽く、ゆるんだ感じで付いていました-オレンジの果実をもごうとするや、私の上に花のシャワーがどっと降りかかりました!花達は私のガラスのボウルに自分から飛び込んできました…祝祭です!
フラワーエッセンスを作る準備が整うと、巨大なオーラが庭全体に生み出され、家全体をも包み込みました。本当に触れることが出来るほどでした。
すると、あることが起きました。私の年老いた父親が、自分の感情について話し始めたのです!何年もの間抑圧されていた感情が突然現れました-怒り、欲求不満、暗黒の山…父は「原始的感情解放のプロセス」にいたのでしょうか?私は、父に本当は何が起きたのか理解出来ず、というより実際理解するだけの時間をかけることが出来ませんでした。とにかく、出来るだけ早くフラワーエッセンスを作って、地に足をつけなくてはいけない、ということだけはわかっていました…。
後になって、突然わかりました!父はオレンジのフラワーエッセンスを作る過程に影響されていたのです!
オレンジは、無意識下のネガティブな信念体系や抑圧された感情を解放するためのパワフルなフラワーエッセンスで、意識にそれらを引き上げてきて、ヒーリングを起こすのです…。
翌日、目覚めた私は、夜の間に強い風が吹いて私のオレンジの樹を裸同然にし、一つの花も残さなかったことを知ったのです…我が目を疑いました。
私は、親愛なるオレンジの友達から受け取った「急ぐこと」というメッセージの意味を突然理解し、ハートの内の深い感謝の念とともにそこにありました。
OSHOメディテーションリゾートでは、オレンジのフラワーエッセンスが様々な変容のプロセスを深め、個人と集団の無意識に光をもたらす重要なフラワーエッセンスであることを経験しています。