K・A 様
マウントフジフラワーエッセンス基礎講座の第1回目に選んだのは、イカリソウとオオケタデ。
あとから振り返ると、この2つのフラワーエッセンスの示すところが、基礎講座中の私のテーマだったのではと思われる。日常生活の中に、愛、気付き、瞑想の質を注ぎ込むこと。。。全9回のマウントフジフラワーエッセンス基礎講座を終了した今、毎日の生活のなかに愛、気付き、瞑想の質が加わったことにありがたく思う。
イカリソウは、人生が上手くいっているものの、これ以上何をすべきかと人生を探求していく時期に、サポートしてくれるものだった。マウントフジフラワーエッセンス基礎講座を始めたころ、夫婦関係、親子関係、友人関係に恵まれているのを感じていた。今も充分だが、自分の生まれてきた目的や役割を果たすというなら、何かもうひとつ?と思っていた。
全9回の基礎講座中のこの3ヶ月は、私の霊的成長において節目となる出会いの連続になったように思う。
イカリソウの働きかけか、私はあるダンスの認定者講習のことを知り、すぐに申し込みをした。このワークショップは、2泊3日で行われた。この期間中に飲んでいたのは、第3回目に作ったセイタカアワダチソウ、オオキンケイギク、ジシバリのフラワーエッセンスだった。全9回の基礎講座中で、ボトル1本を飲みきったのは、この第3回目のボトルのみだった。振り返ってみても学びが大きく、しかも3つの花の持つエネルギーを、全て感じさせる気付きがあった。その分、ハードな面があったのも確かだ。
私は自分の中に「罪悪感」を見つけた。セイタカワダチソウの「パワーを出すことに無意識のうちに持つ罪悪感」と、オオキンケイギクの「他人の目を気にして自己表現することに対して持つ罪悪感」を見つけたのだ。
ダンスのワークショップ中、私は自分が趣味でし続けているベリーダンスの動きを、みんなの中で表現するイメージがやってきた。これが、自分のエゴからきているのか、別のエネルギーに感応して起こっていることなのかと悩んだ。自然に沸き起こる、全てがうまくいく時のあの感覚もあったからだ。小さい自分の意思を越えたものに反応するときの感覚だ。でも私の中では、目立つことをしたくないのと、エネルギーを表現しきれ無かったときにみなからどう思われるか不安だった。反対に、エネルギーが通過して自然に踊ることが出来たとき、みなから好意的な気持ちを受けることに対して罪悪感があった。他人の目や評価を気にすることからくる不安は、オオキンケイギクとジシバリが当てはまっていた。
結果的にはこの3つのフラワーエッセンスにより、私は「他人の目を気にせず、パワーを出すことへの罪悪感も感じず、素直に無邪気に表現すること。集団の中で、私という個の確立をすること。」を学び、みなの輪の中で一人で踊るという選択をすることができた。最適のタイミングで、自分の中にエネルギーが満ち、通過する状態で踊らせてもらった。
ワークショップが開かれた土地は、女神のエネルギーが満ちているところだった。私は基礎講座中、ずっと女神のエネルギーの波を感じていたように思う。富士山は女神がいる山だと、基礎講座できいた。(このコノハナサクヤヒメでしたか?)また、第8回目の女性性・男性性の回で、国が霊的な方向へ向かうと女性的になる、ときいた。マウントフジフラワーエッセンスは、世界のフラワーエッセンスの中でも大変霊的で、女性的なエネルギーが強いのかもしれない。そのためか、この3ヶ月は、ずっと女神のエネルギー、慈悲のエネルギーについて思い巡らせていた。〔弊社注:霊峰富士は、古より神仏が領知する霊山とされています。祭神コノハナサクヤヒメは勿論の事、福慈神、カグヤ姫伝説等、女神のエネルギーとは縁深い霊山です。〕
基礎講座中は、ハワイの山に住む女神ペレに出会った話を聞き、有名なテノール歌手のアベ・マリアのCDを頂き、ある本を、女神の出現について書いてある本とは知らずに読み始めたりした。女神のエネルギーをあらわすという「慈悲・慈愛」という言葉に、何度も出会った。
第4回目の講座では、シャクナゲ(ペイルピンク)とモモが選ばれた。このシャクナゲ(ペイルピンク)のテーマは、「慈愛」だった。これを飲んでいるときに調べてもらったある波動測定器によるデータの結果は、興味深いと同時にどう受け止めたものだか、しばらく混乱した。
この波動測定器は、指に電極のようなものをつけて、その人の生まれ持った能力を数値化するというものだった。セラピストの方が、数値をもとに鉛筆書きでメッセージを書いてくれいたのだが、そこに「たいへん慈悲のエネルギーの強い人」、「セラピストに向いています」とあった。「人を見て法を説く」のが役目と言われ、驚いてしまった。自分の役割を知りたいと思い受けたものだったが、予想以上のデータだった。このとき、モモも一緒に飲んでいたおかげで、ハートを開いてこの結果を周りと分かち合うことができた。
この期間中がシャクナゲの季節で、近所や花屋でシャクナゲを観ることが出来た。シャガの群生にも出会い、本当に引き込まれ、しばし自転車から降りて眺めていた。その時は、シャガのフラワーエッセンスについて習っていなかったのだが、まわってくるアルバム写真の中にある花と似ているなと思っていた。後日、やはりあれがシャガだったと分かり、納得した。ヤマツツジ(コーラル)でも、同じようなことが起こった。知り合いから庭のアヤメやムシトリナデシコを切花として頂いたりと、花からメッセージがやってくるシンクロが多くなっていった。
話が前後するが、ムシトリナデシコは、第2回目のときにでてきたフラワーエッセンスだ。このときのイメージの中では、私と主人がイルカになり、並んで気持ちよく泳いでいた。フラワーエッセンスを選んだ翌日、珍しく早くに主人が帰宅し「これから夜桜を見に行こう!」と言った。かなり遠かったが、二人で手を繋いで歩いていると、昨晩のイルカのイメージと重なった。「地上の愛」のメッセージをもつ花の通り、私は主人と共に成長していくのだと確認した。
このころだったか、主人が「K(私のこと)の愛は条件付でしょ。僕のは条件ないよ。」と、何かの時に言った。ムシトリナデシコの説明に、「条件付の愛、欲望のスペースからの愛に気付くことで、地上で人々と無条件の愛を育くめるようにしてくれる」とある。はっとさせられる主人の言葉だった。
私は、心のどこかで養ってもらっているのだから彼を大事にしよう、という交換条件のような意識があった。彼は、私が働いていても働いていなくても、ごはんを作っても作らなくても、まるごと受け入れてくれているのだと気付いた。彼は、すごいことをあっさりと言うものだ。基礎講座を受けるのに家を1泊留守したり、好きなことをやることに、罪悪感(また出た)を感じていたことに気付いた。今は、罪悪感はなくなり、養ってもらっているという意識もなくなった。私たちは共に成長していくのだから、お互いにサポートしあっているのだと思うようになった。
私がフラワーエッセンスを飲んでいることで、主人にも影響があったのか、肉体的にも精神的にも、彼にとって新しい出来事が重なった。
私自身は、肉体的には、4月に生理が遅れてこなく、5月には早まって2回きた。食べ物の好みが変わり、4月から5月は甘いものが本当に要らなくなってしまった。今は普通に甘いものが欲しいときもあるが、以前ほどではなくなった。
第5回目に選ばれたのは、マルバハギだった。自分自身に対する罪の意識や、過去の恋愛を癒すのにいいという。ここで、私の過去のパターンの一つが繰り返された。以前よりも、自分と相手を客観的に観ることができて、互いに友好的な距離を保つことができたように思う。
第6回目に選ばれたのは、アイリスだった。この講座の翌日、ミャンマーで得度した日本人のお坊さんに、15分の個人面談を受けた。ここでは、前述の波動測定器で言われた魂の役割をはたしていくために、今必要なことを教えてもらった。それは、「今、お前が楽しんで生きること。人に奉仕なんていってるより、今、旦那さんと仲良く楽しむんだ。愛し合いなさい。」というものだった。この言葉で、役目が重荷になっていた私の心は、一気に軽くなった。
また、母のことに関しては、「考えもするな。自分のことだけを考えろ。愛しているんだから、それでいい。」と言われた。私は、母の心と体の状態に気を使いすぎていたと気付いた。それよりも、自分が幸せで毎日を目一杯生きていることが、母の幸せにつながるのだと気付いた。その日から、母へこちらから電話したり、心配したりするのをやめた。
この、母のことを考えもするな!という言葉は、自分が幸せにいきることに全力をかたむけることで、人との関係もすべてが上手くいくことを私に気付かせてくれた。
アイリスを飲み始めると、「善きもの」にチューニングされ、ハッピーな出会いが増えた。「高い次元を意識し、それとつながった事を、仕事や趣味を通して日常で行えないと、自分自身や世間に対して欲求不満を感じる」と説明にある。この頃から、ダンスの会を地元で開いて、みんなと楽しい時間を分かち合いたいという想いが強くなり、縁のある人との出会いが重なってきた。
第7回目に選ばれたのは、ツリガネニンジンとボタンヅルだった。この日の実習で、私は小学生だったころ、妹とけんかして言い負かされてばかりだったことを思い出した。「誰かからとてても理不尽な仕打ちをされたときに、自分自身の恨みや怒り、被害者意識でいっぱいの心を許す」とツリガネニンジンの説明にあり、ぴったりだった。ボタンヅルの示すような、「純粋で繊細な感受性をもった内側の幼子」であった私を思い出した。すっかりそんな自分があったことを忘れていたが、今でも私の中に、その部分があることに気付いた。
第8回目のテーマは、女性性と男性性。実習では、宣教師と子沢山の女性がでてきた。男性性の方に焦点を当てボトルを使ったところ、変化がでた。宣教師は恋をして結婚し、父親になった。あとからボトルをみると、女性性の癒しに有効なマツヨイグサ、メイゲツソウ、キリだった。フキノトウもでてきた。宣教師という立場は、人々の霊的成長のために奉仕する立場だ。彼ははじめ、肉体的に女性と交わることを避けていたのかもしれない。だから、愛を受け取り、女性のセクシャリティーを肯定するフラワーエッセンスが引き寄せられたのだろうか。
私のスピリチュアリティの歩みが加速する時期には、肉体的にバランスをとるベリーダンスやヨガ、自力整体などが生活に入っていた。特にベリーダンスは、自分が女性であることを肯定させてくれた。女神の持つ豊穣の力、大地に根ざす力を、私はベリーダンスを通して自分に蓄えていった。肉体を動かすことで得る気持ちよさ、霊的な静けさや、生命のエネルギーを、私は体験させてもらっていた。私は、自分にちょうどいいだけ、体を動かしてきた。
フキノトウは、「環境的、精神的、霊的、様々なレベルで変化を迎えた後、新しい自分になり頑張っていくやる気をもたらす。古い自分のパターンをきっぱりと脱ぎ捨て、次なる段階を信頼し、わくわくして進んでいくのを助ける。」とあった。
私は、ダンスの会の実現と、フラワーエッセンスやエネルギーを扱う講座の開講のために、毎日瞑想していた。宇宙を信頼していた。
第9回目は、過去世の実習だった。過去世の5歳くらいの男の子は、充分愛されてその生を全うしたので、次に生まれ変わるために亡くなった。死ぬことも、生まれ変わることも全てが完璧だった。未来の幸せな私は、子供と主人と仲良く暮す母親だった。そこからのメッセージは、個人面談でお坊さんに教えてもらった、「今を楽しむこと」に溢れていた。
このときに選ばれたフラワーエッセンスは、フジザクラとフジアザミだった。
この講座の4日後、私は妊娠していることが分かった。私の中の霊的な成長を大切に想う自分と、生活の中で愛に溢れて家族と共に生活する自分が、ひとつになったという証のような気がした。また、現在の環境汚染と地球の変化の中での妊娠、出産、育児への恐れがあったのが消えたタイミングもあったと思う。妊娠、出産、育児に関してこうあって欲しいという強い理想がある時期があり、すると同時に理想が実現しないことへの恐れが生まれた。すべて天まかせでいい、宇宙を信頼しよう、と最近は思えるようになってきたため、恐れが解けていたことも妊娠につながったのだと思う。
結婚して4年目、初の妊娠。結婚して3年間、主人のもとで、自分の成長にプラスになる様々なことをさせてもらった。こうやって、マウントフジフラワーエッセンス基礎講座も受けている。今度はお腹の子供と共に、マウントフジフラワーエッセンスプロ養成講座も受講させていただきたいと思う。
スタッフの皆様、サンバドさん、パビットラさん、どうもありがとうございました。今後ともよろしくおねがいいたします。