「マウントフジフラワーエッセンス基礎講座(旧講座)」体験談


M・N 様
 

マウントフジフラワーエッセンス基礎講座が終わってみて、とても不思議な感覚でいる。

講座中は、(過去にバッチフラワーエッセンス基礎・プロ養成講座を受講していたので、そのときと同じような浄化の体験や、その他の体験があるものと心していたのだが)これといってそういうことが起こらないことが、不思議でたまらなかった。そのうちに何も起こらないので、自分の中の盛り上がりに欠けてしまっていた。これは’かなり’が付くほどだった。そして、あろうことか、最終回に提出予定のレポートすら書いていなかった。これは、私の中でありえないことだった。

(これは、一体どういうことなんだろう。)と考えさせられた。何日もレポートに着手できずに、その原因を考え続けた。しかし、これはとてもよい機会だった。

まず、明らかに言えることは、フラワーエッセンスの働きかけを、バッチフラワーエッセンスのような効き方をするものだ、という先入観が盛り上がりを無くしていた。最初から「比較」するスタンスでいたので、そういう観点からしか捉えようとしなかったことに気づいた。事実、今回のマウントフジフラワーエッセンス基礎講座の間、起こるであろうと期待して待っていた感情の浄化は、一度も起こらなかった。(比較しない、というバッチフラワーエッセンスの講座で学んだ大原則を、はじめから冒していたのだ。)

しかし。

浄化が起こらなかったからといって≪だからなんだというのだろう≫・・・・・・
≪大きな変化がおきたというのに≫と思い始めた。

第5回目の講座で、「ニラ」のボトルが選ばれ、飲んでいたときのことだった。
思いがけず、私は職場を辞めさせられることになった。理由は、同じ会社に勤める私の夫が転職するから、というものだった。夫の転職にともなって自分も辞めることになるとは考えていなかったし、会社の総務からそのことを言われてから、私の最後の日までは10日しかなかった。これはいろいろなイレギュラーなことが重なったことによるものだったが、一般的には考えられないことだった。私の周囲の人たちは驚いて、ある意味憤慨すらしていた。あまりにもひどい、というのだった。でも、私は内心、うれしくもあった。長い間、いつかは辞めなくては、早くそうしなくては。自分の成長にはあまり役立たない、、と思い続けていたのだ。それが、思いがけないスピードで後押しされたような気がしていた。

大きなものに自分を委ねる:という感覚が無いわけではないし、起こることはすべて中立であり、タイミングも完璧である、、、いつもの自分の考えが、いつものように浮かんでは消え、浮かんでは消えていった。それと同時に、いつもすこし見え隠れする、否定的な自分の感情も、浮かんできた。被害者になろうとする、自分の癖である。でも、不思議なことに、ほんの一瞬だった。浮かんできたものを、認めて、そして消えていくのを見ている自分がいた。それだけのことだった。被害者になろうと思えば、いくらでもそれにどっぷり浸れるだけの要素があったが、その「流れの下の大きなもの」に、安心して委ねている自分に気づいていた。それは、まるで特筆すべきことでもなんでもない、とでも言いたいような自分の感覚だった。

それは、ニラのフラワーエッセンスのサポートを、しっかりと受けさせてもらっていたのだと思う。

「周囲の反応や意見・世間的な価値観・評価をまったく自分には必要の無いものだとすなおに思え、それと同時に自分自身のパターン・癖を手放していく」という、まるでそのものだった。

日がたつにつれ、自分のその状況に満足している自分がいた。そして、その先にあるものが、どんどん楽しみになっていた。ひとつ自分というものの何かが、クリアになった感覚だった。

言葉にすると感覚が違うような気もするが、薄い何かが、自分から剥がれていったような感覚だった。確かに自分なんだけれど、なにかが新しいというような・・・・。

夫と二人で、とても新鮮な気持ちで毎日を過ごしていた。
そして、ふと気が付いた。一ヶ月前から、夫の転職に備えて、二人でオーラスプレーを使っていたのだ。「変化を超えて再誕生する」のボトルだった。

私たちが予想していたよりも、遥かに大きな変化をもたらした。外的要因の変化以上に、気持ちの面で、明らかに再誕生していると感じた。

マウントフジフラワーエッセンス・恐るべし。。

・・・・・・・・。

もうひとつ、私に起きた変化があった。「スピリチュアルなもの熱」が、冷めたことだった。

マウントフジフラワーエッセンス基礎講座が始まるころから、すこしづつ、すこしづつ、そのいままでの熱が冷めていくのを感じていた。それは、期待していたバッチフラワーエッセンス講座のときのような、感情の浄化がまったく起こらないので、ただ単にがっかりしていたのだ。遠のいていくような気がしていた。しかし、それは後から考えると、とても体育会系的な、つらい浄化を体験することで、マウントフジフラワーエッセンスとバッチフラワーエッセンスを比較することにしか、意識を向けていなかったのだ。。落ちて落ちて、涙流して、つらい思いを「いかに、したか」で、その探求が進む、のだと決め付けていたのだ。

・・熱が冷めたのではない。「現実」に居るんだ。。。。とふと気づいたのだ。「スピリチュアルなことに没頭する=(イコール)現実逃避とは、死んでも言いたくない。私は違う!」と思っていたのに、でも、実際、自分の中のその部分を見つけてしまった。気づいてしまったのだ。ワークショップやセミナーに、奔走していた自分が、走馬灯のように思い出された。その時までの自分は、現実の世界と、ワークショップやセミナーで、自分の好きな精神世界の話をしている世界を分けていたのだ。まぎれもなく現実逃避だった。否定しながらも無意識に、そうしていたのだ。

その世界が、ひとつになった。そして、それがとてもすばらしい世界なんだと、感じている。

ひとつひとつの、現実的な日常をenjoyしている自分がいる。

いまさらながら、、、と思うけれど、始まりも無ければ、終わりも無い。始まりもまた終わりなり、終わりもまた、始まりなり。ただ、今、ここにいるだけなんだ。。。と。

体育会系のような、ハードなものばかりじゃない。筋肉痛が無ければ物足りなかった私に、マウントフジフラワーエッセンスは、まったく違う世界を体験させてくれたと思っている。まったく違う方法で、たくさんの、そして今まで体験したことの無い領域の気づきを、体験させてくれたと感じている。

(マウントフジフラワーエッセンスって、こういう効き方するんだ・・・)
恐るべし、マウントフジフラワーエッセンスである。

今回のように、とても「大きな気づき」だ・・・。と、自分でとても驚いてしまうような内容の気づきというのは、得てして、いつも初心に戻してくれることだと思う。進んできているつもりの自分を、またスタートラインにきれいに並べなおしてくれるような感じだと思っている。そして、それはどんなことよりも、大切なことだと感謝している。それは、そのスタートは、ゼロからのスタートなのではなく、スタートするときには、もうすべてを持っているんだ、ということも、思い出させてくれる。
そして、もうひとつ、大きな変化がおきた。漠然と長い間思っていたことが、とても現実的な思いに変わったということだ。新しく自分の中に湧き出たものではなかったので、こうして今の自分の中のものを、整理してみて、始めて深く気づいたという感じのものだった。

それは、赤ちゃんが欲しいということ。赤ちゃんを産みたい、とは、もう、2年も思っていたことで、自分の中で驚くべきことでなないが、その思いが、今まで無かったような現実的なものに変わった。と同時に、いままでの感覚とはまったく別のものなんだという、不思議な気づきの感覚だった。これは、ちょうどフキノトウを使い始めた頃だった。

サンバドさんが「結婚三年目にはフキノトウです」と説明のときに仰っていたので、(ちょうど私たちも今月で三年目だなー。あと一週間か・・早いなーー)と思いながら聞いていた。
すると、選んだボトルを見てみたらフキノトウだった。ちょうど結婚記念日だし、ちょうどいいな、と思って、夫と二人で使い始めた。このボトルを使い始めたから、急激にそう思ったのではない。だが、私たちを取り巻く環境や、多くの偶然の出来事、それも、あきらかにいくつもの偶然が重なって、いろんなことが起きた。そして、その出来事を自分の中で考え、その出来事の下に流れる大きな流れを考えていくことで、私の中の思いが、とてもとても現実的で、深いところに根をもつ、大きな思いになった。

そして、その願いを、今、真剣に思える自分を、とてもとても幸せだと、すべてのことに感謝した。感謝しないではいられない、というような感じだった。

毎日が、とてもわくわくして、子供のころのような感覚すらした。

ニラ・オーラスプレー・フキノトウ。どれも、タイミングがあまりにも良すぎて、自然すぎて、ともすると気づかなかったかもしれないほど、穏やかな流れだった。流れは穏やかなものの、その深さは想像を超えるものだった。

本当に不思議な感覚だ。先入観があったことも、こうして思い起こして再確認するための、大切なプロセスだったと思う。長い時間をかけて、追い求めていたつもりでいたことは、それはまたスタートにいることだったのだ。なぞなぞのようで、うまく説明できないが、自分のなかでは、とてもおおきく納得している。そして、それはいままで、体験したことの無いかたちの、貴重な体験によるものだった。これを、講義の中でサラッとお話していた「深い領域に働きかける」ということなのだろうか。とてもクールだと思う。

エネルギーを感じる、という意味においては、多くを意識的に感じることができなかった。バッチフラワーエッセンスと比較することを考えなければ、内面の変化や、起きていることの微細な流れやエネルギーを、もっと感じることができたのだろうか。比較することを意識していたこととは別に、ただ単に無神経で、自分に対して無責任だっただけなのだろうか、と反省している。もっと、日常に意識的にいなくては、と思う。しかし、いずれにしても、こういう形できちんと整理するようにレポートの課題があるのだから、いいのだろうか。しかし。そもそも、良いも悪いもないのだから、そんなことは意味の無いことだ。

そして、この先また、プロ養成講座でもフラワーエッセンスを使っていく上に、オーラスプレーで、未使用なものがたくさんあるのだ。どんな変化が起こるのだろう。これからのことを思うと楽しみで、すこし微笑みそうになる。

盛り上がりに欠ける、どころか大変貴重な体験をさせていただき、とても感謝している。
どうもありがとうございました。


公開日:2019年2月7日 更新日:2022年9月8日