「マウントフジフラワーエッセンス基礎講座(旧講座)」体験談


松宮 啓恵 様
 

実は、今期のマウントフジフラワーエッセンス基礎講座に出るのは、あきらめていました。というのも、そもそも申し込んだのが遅く、キャンセル待ちの状態で、10月に入っても連絡がなかったからです。
10月2日の初日、「ああ、とうとう今日から始まるなぁ。やっぱり縁がなかったのかなぁ。」などと思いながら、横浜の石屋さんに出かけました。その石屋で、アクアマリンとソーダライトを買いました。
家に帰ると、留守番電話に、主催のハートサポートシステムさんからの伝言が入っていました。「急にキャンセルが出たので、今からもし来られるのであればどうぞ来てください。」との事でした。慌てて時計を見たら、5時半でした。思ってもいない展開に、とるものもとりあえず、家を飛び出しました。
今になって思うのは、もしかすると、石が私を導いてくれたのではないかということです。この機会を逃していれば、私はマウントフジフラワーエッセンスに携わることはなかったように思えるのです。(まぁ、それはわかりませんけれども。)

そんなこんなで始まったマウントフジフラワーエッセンス基礎講座でしたが、思っていたより本格的な内容だったので、初めはびっくりしました。
実習の時間が短いのに内容が盛りだくさんで、あせって自分の思うとおりにできなかったこともありました。今なら、それだからといってその時、適切ではないエッセンスを選んでしまったわけではないという事がわかりますが、自分を信じられず、選んだエッセンスに確信が持てないこともありました。そして同様に、相手に選んでもらったエッセンスが信じられない時もありましたが、やはり今なら、そのエッセンスがその時の私に必要であったという事がわかります。

第一チャクラの回で選んだエッセンスは、基礎講座のスタートにふさわしいマルバルコウとイカリソウでした。
驚いたのは、「まさしく私の現状だ!」と思ったエッセンスが、ちゃんと選ばれていたからでした。その時私は、生活はうまくいっているけれども、何かが違うと感じていました。「人生の探究者」という、イカリソウのテーマがぴったりきました。
マルバルコウにいたっては、ちょうどその次の週にインナーチャイルドのセッションを受ける予定だったので、あまりの偶然に「えーっ!?」という感じでした。

第二チャクラの回の講義では、「自分に対してイエスを言っているか?」の問いかけに、心が痛みました。なぜなら、自分自身を心地よい場所に置いていないことに対しての罪悪感と、心地よい場所に置かれていない自分を可哀想に思う気持ちが、出てきたからです。今まで、どれだけ自分を痛めつけてきたのかを考える時、自分をいとおしく思う気持ちでいっぱいになりました。
自分の感情が今、どのように動いているかということに目を向けられるようになると、以前のように物事に一喜一憂することが減り、感情に振り回されることなく、常に自分の内側を見ていくことができるようになったと思います。

第二チャクラの回で選ばれたエッセンスは、ダンチク。「あるがままである事。開拓精神。」
実習のとき、お腹にそのボトルを当てると、お腹から出てきたエネルギーがボトルを両側から包み込み、まるで愛しい人を抱いているようでした。出てきたイメージは、アンデスの山々にかかる雲の流れ。高原で語り合う恋人たち。男性の名前として、主人の名前がアルファベットで浮かび上がりました。この回の実習での選び方から、なるほどと思う反面、少々出来過ぎのような気もしないでもありませんでしたが・・・。
夫に、これまでずっと思ってきたことを伝えました。四年前にも、一度話し合ったことはありました。その時ははっきりした答えももらえず悩みましたが、私もそれきりその話題を出すことはなく、二人ともその問題にちゃんと向き合わずに、逃げていました。怖かったのでしょう、変わってしまうことが。もしかしたら、全てを失ってしまうのではないかと。別に生活には何不自由していなかったし、それ以外には何の不満もありませんでした。でも、たとえそれはたった一つでも、「何かが違う。」と私に思わせるには十分なことでした。今、改めて、それがいかに私にとって大事な問題だったのかということに、気づきます。自分の思いを彼に伝えなければ、ずっと現状のままだろうし、それは、自分をごまかしながら生きていくことと同じ。ありのままを話すと、夫はとても冷静に、まっすぐそれを受け止めてくれました。反応は、四年前とはまったく違っていました。私が変わったことで、彼もまた、変わったのです。
怖がらず、自分の気持ちに正直になることで、相手も同じように返してくれる。そんなコミュニケーションが出来たことに、私は喜びを感じました。事実、私たちの会話は、以前に比べて増えたと思います。夫は、その日起きた会社の出来事などを、話してくれたりするようになりました。共通の趣味ができ、それについて話す機会が増えたからかもしれません。何にせよ、一歩前進したのです。この先どうなっていこうとも、自分に正直であろうとする時、そこには何の恐れもありません。それぞれが自分らしく生きることが、一番大切なこと。愛されることだけを欲して、愛を与えるということを知らなかった私でしたが、結婚や家庭について真剣に考えることで、愛するという意味が、やっとわかった気がします。それを実行していけるかは、今後の課題です。

第三チャクラの回では、集団の中で権力ゲームに巻き込まれやすい私のパターンを反映するように、イヌキクイモが選ばれました。
今までの人生を振り返ると、学校や会社の組織の中で、必ずと言ってよいほど、どの時代にもライバル的存在がいました。良い意味でお互いを高めあっていければ、そういう存在がいることはとても有意義だと思いますが、実際はそういうポジティブな意味でのライバルとは違って、とても相手が挑戦的に感じられ、やることなすこと癇に障るようなそんな間柄なのです。最初はとても仲良しであったとしても、最後はいがみ合って終わってしまう人もいました。このパターンは、相手を変えながら、今まで何回も繰り返されてきました。
もちろん、今もまだそのパターンは解消されてはいませんが、前と一つ違うことは、自分を客観的に見られるようになったことです。そのパターンに陥ることがあっても、「今、自分がそういう状態にある。」ということがわかって、「この人の何が私をそうさせるのか?」ということを考えられるようになったことは、私にとって大きな進歩だと思います。

それはちょうど、イヌキクイモを飲み終わる頃でした。
ひょんなことから、海上自衛隊の艦鑑式(一般人も見物できる海上での部隊訓練)に参加することになった私は、その日の朝早く、横須賀にいました。戦艦好きの友人の誘いでしたが、私は全く興味が湧かず、ただ海が見たいという理由だけで、出かけて行きました。朝の海はとても気持ちよくて、やはり来てよかったと思いました。
出航の合図とともに船が港を出ていくとき、私は船の甲板に立って、敬礼をしながら見送る人たちを見ていました。海上自衛隊の制服が、朝の光にまぶしく輝いていました。白地に赤い朝日が描かれた旗が、風にたなびいていました。
楽隊の奏でる音楽が、一瞬遠のいたように感じたときでした。全てがセピア色に染まり、悲しさと悔しさの入り混じったような、なんともいえない気持ちになりました。「私は以前、この光景を見たことがある。」、直感でそう思いました。「かつて、同じように見送られながら戦争に出て行った。」と。無意味な戦争に行かなければならない無念さと、多分生きては帰れないという思いが私の中を駆け抜け、涙がこぼれました。現実に戻ろうとする意識とは裏腹に、だんだんと頭がボーッとして、体がだるくなりました。それからは、船が帰港するまで、ずっと寝ていました。
やっとの思いで家にたどり着いたものの、自分が自分でないような感じでフワフワとしていて、気がつくと、自分の周りに大勢の人の気配を感じていました。私に危害を加えようとしているのではなく、ただそこにいるという感じでした。もしかすると、一緒に戦った同士たちではないかと、ふと思いました。
それからの丸二日間は、何も手につかず、寝たり起きたりでした。

自分の体にようやくもどったと感じられたのは、ちょうど第四チャクラのエッセンスを選ぶ日でした。
第四チャクラの回で選ばれたエッセンスは、シャクナゲ(ピンク)と、モモでした。
シャクナゲ(ピンク)の「今ある事への喜び」は、まさしくこのときの私の心境を表していて、強烈な体験の後だったせいか、花のエネルギーがとても優しく感じられました。モモのエネルギーをハートで感じた時、ハートの奥底まで階段がスーッと伸びて、そこにあった暗いシャドーの部分に、光を灯してくれた気がしました。

第五チャクラの回で選ばれたエッセンスは、ニラでした。
ニラのエネルギーを感じている時、突然、虹が見えてきて、雨上がりのすがすがしい気持ちになりました。
長靴を履いた小さな女の子が、水溜りでスキップをしているのが見えました。その子が、幼い日の私だと感じながらじっと見ていると、その頃の純真無垢な気持ちを思い出しました。

第六チャクラの回では、ネジキが選ばれました。
第三の目で花のエネルギーを感じていく段階で、唯一扉が開いたのがネジキでした。扉が開くと、中から植物のツルが伸びてきて洞窟の壁を這い、そして穴の外まで伸びて入り口を覆いました。扉の中に足を踏み入れると、そこは理想の庭でした。緑が生い茂り、噴水があって、その周りを歩いていくと、向こうのほうに屋根の付いた六角形の建物があり、ラティス格子になっていました。その中にあるベンチに腰をかけて、ふと見ると池があって、その池の中には赤やまだらの鯉が泳ぎ、きれいな蓮の花も浮かんでいました。
すると、仏陀が現れました。私は仏陀の髭を見て、鯉の化身だと思いました。と、突然、仏陀が目をカッと見開き、私を見ました。何か見透かされたような気がして恐くなり、意識を現実に戻しました。とてもリアルで、不思議な体験でした。

第七チャクラの回では、自分の戻りたい過去まで行きました。
中学一年生の頃に戻って、セーラー服の胸のリボンを持ち帰りました。今も、ここにあるのを感じます。確かに、過去の癒しによって意識が変わったのか、自己憐憫の気持ちや両親を責める気持ちが、ずいぶん薄らいだ気がします。
エッセンスは、ホトケノザとシャガが選ばれ、それぞれの花の意味を通して、今回の過去の癒しの意味を知りました。確かにあの頃、周囲や私自身に違和感を覚えていたし、孤独でした。花のエネルギーは、そういう古い感情やパターンを手放し、新しく始める時期なのだと教えてくれました。

スウェーデンの金髪の乙女と、ローマのコロッセオで戦士をしていた毛むくじゃらの大男が出てきたのは、女性性と男性性の回の実習の時でした。
面白い実習でしたが、なぜ私は体の左側が全体的に弱いのかが、わかったような気がしました。なぜなら、金髪の乙女メアリーは大男の粗暴さに腹を立てていて、「あんたみたいな人、大嫌いよ。近寄らないで。」と、そっぽを向いていたからです。確かに、その大男ケンは、とげの付いた丸球を振り回して戦うだけの粗野な男に見えましたが、悪い人ではなさそうでした。それどころか私には、純粋で広い心を持っている人に見えました。
メアリーにフォーカスしながら、それぞれの花のエネルギーを感じていくと、しかめっ面になったり、クルクル回りながら踊ったり、白鳥に乗って大空に舞い上がったり、メアリーは、いろいろな表情を私に見せてくれました。中でも、悪女の一面を覗かせたのは、シロバナタンポポのエネルギーを感じているときでした。プライドの高さと、冷たい微笑み。何かをたくらんでいるような眼差し。まるで、私のシャドーの部分を投影しているかのようでした。
メアリーが一番自由で生き生きしていたのは、マルバアオダモの花のエネルギーを感じているときでした。頭に花の輪飾りを付けて、走っている後姿が見えました。野を越え、山を越え、海に出たかと思うと飛び込んで、海中を自由に泳いでいました。その姿に、私は今までのメアリーには無かった力強さを感じました。マルバアオダモのエネルギーを流すと、草むらでケンがメアリーの両手を持って、楽しそうに回しているのが見えました。メアリーもはしゃいでいて、楽しそうです。このまま、ケンとメアリーが、いつまでも幸せであるようにと願いました。
マルバアオダモのエッセンスを飲むにつれ、気づいたことは、気にしても仕方の無いことは、気にしないようにしようと思えるようになったことです。私は、他人のエネルギーに対して過剰に反応してしまうところがあり、自分のスペースを侵されたりすることがたまらなく嫌なのですが、そうかといって毎日家に閉じこもっているわけにもいかず、生きていくうえで、他人との接触は避けて通れません。また、自分を汚されることに対して異常なくらい神経質な私にとって、タバコの煙や風邪のウィルスなどは、耐えられないほどの要因ですが、そういったものを、この世から排除することは不可能です。それより、そんなことに捉われて自分の人生を十分楽しめないほうが、よっぽど窮屈でしんどいことなのではないか?そんなことを思ったとき、自分のそういう部分が、メアリーであったことに気づきました。メアリーがケンに心を開いたことによって自由になれたように、私も、いつか本当に、心から人生を楽しめるようになりたいと思います。

過去世の回の実習の時には、大正時代に生きたみのる(実)という64歳の大工さんが、今まさに、死の床についているところでした。淡々と過去を振り返り、頑固で、人を信じきれなかった自分を後悔している。でも今、自分の両脇には二人の人間がいて、温かく見守ってくれている。「人を信じ、愛を分かち合うこと。」それがこのときの学び。
次に映し出されたのは、二歳ぐらいの赤ちゃんでした。お母さんに優しく抱かれ、目と目でお話をしているようでした。お母さんの目の中に、真実の愛を見ていました。そしてすごく安心していて、幸せそうでした。
フジ(蕾)のエッセンスは、次のようなメッセージを私にくれました。「あなたは、愛される価値のある存在です。」

未来への旅へ。今度は、大勢の子供たちに囲まれた男性が、スクリーンに映し出されました。野原でかけっこをしたりして、楽しそうに遊んでいました。奥さんも、傍で笑ってそれを見ている様子。向こうのほうに、学校の校舎のようなものが見えました。大勢の生徒に慕われている先生といった感じでしょうか。大正時代に生きたみのるさんの学びは、花の癒しを経て、今まさにここで活かされていると感じました。
「愛し、愛されること。」=「愛を分かち合うこと。」
すばらしい旅に出られたことに、改めて感謝します。

このように、私のマウントフジフラワーエッセンス基礎講座は終了しました。
数々の映像や体験を思い返してみると、この二ヶ月間に、いろんなことが凝縮されていたことに気づきます。そしてそれが、さらに奥深く入っていくための、イニシエーションだったことも。ちょうど、38歳から39歳へと移行する時期と重なったことも、とても意味深いものに思えます。これからの人生を送る上での一つの節目のときに、マウントフジフラワーエッセンスに携われたことを、ただの偶然とはとても思えません。
これから、マウントフジフラワーエッセンスプロ養成講座までの一ヶ月半は、「私にとってフラワーエッセンスとは何か?」ということを、見つめていく日々になりそうです。プロとしてやるにせよ、やらないにせよ、私自身の成長のためであることには変わりはありませんが、もう一度自分を見つめ直し、新たなるスタートラインが、気持ちよく切れるようにしたいと願っています。

最後に、お教えくださったパビットラさん、サンバドさん、毎回エッセンスを用意してくださったスタッフの方々に、厚く御礼申し上げます。
引き続き、プロ講座でお世話になりますが、なにとぞよろしくお願いいたします。


公開日:2019年2月7日 更新日:2021年5月25日