~セラピストとしての勉強を体験していったことから得られた気づき~
Y・S 様(絵画関係)(MF、およびBAプロ養成講座修了)
この、マウントフジフラワーエッセンスプロ養成講座を通して自分自身を振り返ったとき、大きく分けて『マウントフジフラワーエッセンスを使用したことによって変化したこと』と『セラピストとしての勉強を体験していったことから得られた気づき』の二つを話せると思う。
今回は『セラピストとしての勉強を体験していったことから得られた気づき』を中心にわたしの体験(マウントフジフラワーエッセンスを使用したことによって変化したことを含めて)を書いてみたい。
☆身体の感覚を信じる、ということ
マウントフジフラワーエッセンスをクライエントさんに選ぶとき、自身の指先に起こる電気的なピリピリ感が取り入れるべきエッセンスを教えてくれたり、手のひらに起こる暖かさや涼しさ、心地よさが教えてくれることが多い。
反対に自分がクライエントになったとき、選ばれたボトルが身体に置かれるとやはりそのボトルにだけ感じる特別な身体の感覚が起こる。
セッション後、セラピスト役とクライエント役でシェアリングしてみるとそのお互いの感覚から得られたある種の『確信』が一致していることが多い。まさに、身体は正直だということである。
セッションでは自分の身体に起こる反応、感覚を信じることが大切だということを体験した。
そして日々、その感覚に意識を向けるようにしていくとエネルギーを感じ取ることに敏感になっていく。
フラワーエッセンスを選択することだけでなく、身の回りのものに対してもその感覚は生まれる。
自分の身体に取り入れるもの(食物や石など)についてもそのエネルギーを感じてみることをするようになった。
そうして身体が安心して受け入れられるもの、身体が受け入れることを喜んでいるものを取り入れていくことによって、健康状態も安定するようになった。
ときに、エネルギーに敏感になるということは苦しいものでもある。電車の中や雑踏に恐怖心を感じることがある。そんなときに、自分の安全なスペースを確保するというエネルギーワークを行うことによって自分自身に望まないエネルギーを侵入させることなく、外側のものとしてみつめることも少しずつできるようになってきた今日この頃である。
☆努力して何かをしようとしない、ということ
日常生活の中では、努力し、判断し、マインドを使う、恣意的に行動する、ということを習慣的に行ってきていた。
セッションを行う、リーディングを行うにあたっては、それらの習慣を捨て去る必要がある。それは一瞬、心もとなさを感じさせる。「こんなんでいいのかな」と不安になるような。
しかし、セッションの回数を重ねていくうちに、日常での習慣は必要なものであった、というわけではないことがわかるようになった。それは不安を払拭するためのものであったり、『何かをしている』ことによって『何もしていない』罪悪感を薄めるようなものである場合が多いのだと気づかされた。
『自分が何かしようとしなくてもいい』ということはフラワーエッセンスが生じさせてくれる作用を信頼する、任せるということである。その他力本願的に受け取ってしまえるような態度に古い習慣は懐疑的になる。しかしひとたび新しい態度をとることができるようになると、その自然さ、楽さに心地よくなる。自身があたかも流れる水になったかのように、そして風まかせで生活することができるようになってくる。
この『努力して何かをしようとしない』態度はわたしを本来あった姿に近づけてくれているような気がする。それまで、いつも何か焦燥感のようなものに追い立てられ、「何かしなくちゃ」「わたしはなんにもしていない」と動悸がしていた。『ゆだねる』ことができたとき、自分が生かされていること、何にも邪魔などされていないことを実感する。ただ、導管のようになることをイメージしてセッションを行っていきたい。
☆待つ、ということ
『努力して何かをしようとしない』ということは『待つ姿勢』をつくってくれる。
セッション前にクライエントさんがやってくることを待ち、カウンセリングの段階でクライエントさんが自分自身を語るのを待ち、リーディング中にはエネルギーの反応が起こるまで待つ・・・
待つ、ということはセラピストがグラウンディングとセンタリングが十分にできていないと苦しいものになる。相関的に、待つ姿勢をつくりあげていくことがグラウンディングとセンタリングに役立つことにもなる。
ただ待たなければならない、というのは辛い。何かをしていられることのほうがずっと楽である。しかし、待つしかないときというのが必ず訪れ、待ち尽くす感情を味わう中で得られるものは実に大きい。
☆ハートを開き、ハートで感じ、表現していく、ということ
セッションをする、そしてセッションでのことをクライエントさんに一番わかりやすく、深く伝えるには『ハートを開き、ハートで感じ、表現していく、ということ』が必須だと感じている。
技法を覚えることは大切であり、花の意味をよく理解することも大切である。
しかし、それらを活かし、また補うのはハートである。ハートの暖かさや大きさがあってこそ、クライエントさんの緊張が解け、深いセッションの第一歩になる。そしてハートで感じたことはダイレクトに伝わる。伝えやすい。
これはセッションだけではなく、ふだんの暮らしにも役立つことだ。家族や友人と会話をするとき、ビジネスの会話をするときでも、意思の疎通がスムーズになった。
☆二元性を超える、ということ
3次元は光・闇、善・悪、利・害、好き・嫌い、などの二元性の世界かもしれない。しかし、フラワーエッセンスのセッションをセラピストが行うとき、その二元性を手放す。そうすることによって、起こることを最高のものとして喜んで受け入れられる受容性がはぐくまれるような気がする。
☆セッションの深まり、個性、ということ
講座で毎回違うパートナーとセッションをしてきたが、それぞれの個性が活かせるのがフラワーエッセンスのセッションなのかな、と感じている。カウンセリングでもリーディングでも花の意味の捉え方でも、それぞれ自分のハートに響く部分が違う。その、個人的な響きがセッションにはその人しかできないセッションとして生きてくるようだ。どなたとのセッションも、そのときのわたしにとって最高のものであった。そしてそれぞれの資質を上手に引き出してくれるのはフラワーエッセンスにゆだねているからこそ、なのだと思う。
マウントフジフラワーエッセンスには女性的な優しいエネルギーのものが多いので、誰もが受け入れやすいと思う。ハーブティを飲むような感覚で、エネルギーワークに対する拒否反応が起こりにくい種類なのではないだろうか。それでいて、気づかぬうちに変化が進行し、一週間くらいの間でダイナミックな変化を起こしてくれる。結果を求めがちな人に対してもしっかりした結果を示してくれ、しかもプロセスが十分に楽しめる。
当初、(一年前以上になるが)バッチフラワーエッセンスの基礎講座から始めた折は、個人的な好奇心のようなもので勉強し出したようなものであった。
今回、プロ養成講座を受講するにあたっても、勉強できるところまでしたいから、という気持ちで、プロになって、つまりは未知の方からお金をいただいてリーディングをする、などということは自分に合わないような気がしていた。だが、自分にとってこんなによかったことを誰かに伝えたくなることは当然であり、また遠隔リーディングの授業でのリーディング実習が好評だったこともあり、自分の持っている技量を提供していく、ということにある種の責務のようなものがあるのかな、とぼんやりと思うようになってきた。認定試験の準備をすることはわたしにとってはしんどいことなのでどうしたものかな、とも思うのだが、細々とでも誰かに喜んでもらえることができたなら幸せなので、また細々と試験の準備をしようかな、と思う私なのである。